国会では今週、2009年度当初予算が成立する運びで、麻生政権はただちに追加景気対策に動き出す。その司令塔となる与謝野馨財務・金融・経済財政担当相に戦略を聞いた。
一経済危機のただ中で3月の期末が迫ってきました。
「企業の資金繰りなどを心配し、金融庁も財務省も組織を挙げて金融機関や各企業からヒアリングをしました。我々として、3月の期末はきちんと乗り越えられる、という判断を持つに至ることができました。ただ、4、5、6月と気を緩めてはいけない。引き続き中小企業から大企業に至るまで、経営状況をきちんと見ていかなければいけないと思っています」
―「必要以上の株価の下げは看過できない」とも発言されています。
「株価対策は2つの問題を考えなくてはいけない。第1は株価そのものを支えるという問題。第2は株価が下落した時に経済にどういう影響が生じ、その現象に対処するにはどんな方法があるかという問題です」
「株価は企業業績の反映なので、人工的であってはならず、市場に任せるのが自然だと思います。株価を支えるのは資本主義の原則から言えば異常なことですから、それが許されるのは、極めて限定された条件の下でのことだと考えています」
「『異常な事態』は定義しづらいのですが、個別の企業業績から言って、例えば解散価値を大幅に下回るような株価であるとか、極めて大きな投機的売買が行われる場合。理由なき極度の不安の連鎖で萎縮してしまっている状態。なおかつそれが日本経済に破壊的な影響を与える、といったような事態には公(おおやけ)が出て行かなくてはならない、出て行ってもいい、と考えています」
―具体策は。
「自民党の方でも同じような考え方をしていると思います。異常な事態への対応、かつ期間限定的な対応をどうするかは党側で検討しており、今週には一定の方向を出すと思います。公的資金で買い支えるにはあくまで市場が正常な株価形成能力を失っているという判断が前提であり、何となく株価を支える、ということはありません」
為替、市場実勢に委ねる
借金を正当化できる「賢明な支出」模索
―株価下落による信用収縮などの「第2の問題」への目配りは。
「銀行の貸し出し能力や自己資本比率が落ちるという問題もありますが、日本の金融機関は他国に比べれば健全性は極めて高いし、ストレステストをしても相当な水準まで耐えられることは分かっています。銀行や生命保険会社に関しては何ら心配はしていません。銀行が求めれば、日銀の劣後ローン引き受けもありますし、国による資本注入も12兆円、用意してあります。準備はできていると考えています」
―海外市場で先週末、円相場が1ドル=90円台前半まで急伸しました。
「円相場は日本経済のファンダメンタルズを反映しているものなので、市場の実勢に応じて放置しておくことが正しいと思います。世界中が不況に陥った時に、為替を国の政策としていじるということは、形を変えた保護主義的な動きです。それは禁じられていると考えます。各国がなるほどと認めてくれるような非常に例外的な乱高下を除いては、国が関与しないのが原則です。これは世界経済への貢献の一つだとも思います」
―米連邦準備理事会(FRB)など主要国中央銀行が長期国債買い取りや量的緩和など非伝統的政策に傾斜しています。どう評価しますか。
「経済の実態以上に信用不安が広がっているわけです。リーマン・ブラザーズが破綻した後、銀行間取引が成立しませんでした。プロの金融機関同士でも信用不安は起きることを目の当たりにしました。極度の信用収縮が発生したり、流動性を供給しないと金融機関の破綻や信用不安の連鎖を引き起こす場合、たとえ非伝統的と言われようとも、中央銀行が民間のリスクの良質な部分を引き受けるとか、従来は考えられなかった規模の二国間スワップをやる、などは許されると思います」
「日銀の場合、金利操作の余地はもうなくなっています。既に事実上の量的緩和に踏み込んでいると思いますが、金融機関は貸し出しを急速に増やすという行動に出ません。日銀も節度を持ってやっているわけですが、企業のコマーシャルペーパー(CP)や社債を買う、劣後ローンを引き受けるなどの非伝統的手法は大きな意味での金融政策の範ちゅうに入った。各国中銀同士でもやむを得ないこと、むしろ積極的な措置として、互いに評価しあっているのではないでしょうか」
―ガイトナー米財務長官と国内総生産(GDP)比で2%超の財政出動を巡って話し合われたそうですね。
「我々は2008年度の第1次、第2次補正予算、09年度の当初予算の一部をあわせて、もう既に2%を超えている、と思っているわけです。国際通貨基金(IMF)などの計算方法だと2%にならないが、おおむね2%は行っている、とガイトナー長官とは話しました。長官も『IMFの数字を引用しながら慎重に発言したつもりだ』と言っておられたので、米国が各国に何かをしなければならないと呼びかけたわけではない、と私は思っています」
―財政規律派から「宗旨変え」されるとの発言が波紋を広げました。
「『私の本籍地はあくまで財政規律と言うところにある。ただ、現住所は怪しくなっていますが』と国会でも申し上げました。昨年12月に社会保障の安定財源確保と消費税を含む税制抜本改革の中期プログラムを閣議決定しました。さらにそれを法制化しようと、参院で審議中の税制改正関連法案の付則に中期プログラムのものの考え方と、個別税制の改革の方向性まで書いてあります。財政規律派として一定の方向性を打ち出せたと考えています」
「ただ、こういう危機的な状況で、財政規律が重要だからと言って教条主義的に政策をやっていくのかと言えば、そうではないと思うのです。私が何より恐れるのは、日本経済の底が抜けてしまうこと、経済が沈没してしまうことです。今はそこを一番心配して対処しなければいけないのです」
医療・介護・教育に重点投資
―危機対応の経済政策とは。
「結局、需要の落ち込みですから、そこをどれだけ公の需要で埋めるか、民間需要で埋めるか、両方考えないといけないわけです。まず公の需要を追加する場合、借金しなければ賄えないことは明白です。借金を正当化できるにはどういう公需でなければならないのかが次の課題になります。経済財政諮問会議の民間議員である吉川洋東大教授がケインズの言葉として紹介した『ワイズ・スペンディング(賢明な支出)』とは何かという問題です」
「『賢い』と同時に新たな借金を正当化できる支出でなければいけない。それはただ穴を掘って埋めるような需要の創出ではないに違いありません。国民の安心・安全に直接寄与する、将来の経済成長につながるなどの指標が必要です。お金はいくら使ってもいいが、ワイズ・スペンディングで条件はこうだよと言われると、そう簡単に使い道は決められないんですね」
「ここまで勉強した限りで重点投資の対象にすべきは、恒久的な制度改正につながるので財務省は嫌がる話ですが、やはり社会保障、特に医療や介護の分野だと考えています。教育や研究開発の分野も重要ですね。農業、林業、水産業など生産性が低いと批判してきた分野も意外に大事で、見直すことになりそうです。正当化できる公共事業もあると思います。低炭素社会づくりはすぐには景気に効いてこないでしょう。太陽光発電もモノになるまで時間がかかります。着手はしなければいけませんが、5年、10年かかる大事業として取り組むしかありません」
高齢者の資産移転へ税優遇も
―民需はどう喚起しますか。
「規制緩和は有効なのかどうか。税制で誘導するのか。その他の制度改革でやるのか。まだ自民党税制調査会でも議論が始まっていませんが、設備投資減税や交際費課税の見直しなど企業がお金を使いたくなるような誘導税制はありうるのではないでしょうか」
「個人金融資産は1500兆円もあるわけです。貯蓄の世代分布をみると60歳以上に巨大な塊があります。将来への不安、年金・医療・介護への不安、様々な説がありますが、懸命に貯蓄している。一方、子育て世代は所得が上昇せず、資産形成も進んでいません。教育費などが必要で、潜在的な消費性向も高い世代にお金が回らない。これは経済をゆがませる一因だと考えます」
「高齢者が持つこの消費購買力をどうやって上手に移転させるか。税制を通じて工夫しなくてはいけないでしょう。これは贈与税の問題だと言って議論している人たちも党内にいます。おそらく税制上の優遇措置を巡って様々なアイデアが出てくると思います。『貯蓄から投資へ』と言いますが、『投資』とは消費を含めて有効にお金を使うという意味ではないでしょうか」
―3閣僚兼務で「ポスト麻生」にもお名前が取りざたされています。
「荀子の『勧学』に『冥冥(めいめい)の志なき者は昭昭の名なく、??(こんこん)の事なき者は赫赫(かくかく)の功なし』とあります。胸に秘めた志を持たない者は名を挙げることはできない、地道に一生懸命努力ができない者は輝かしい功績は残せない、という意味です。目立たずとも『冥冥の志』を持って仕事をしたいのです」
「財務省や金融庁の皆さんにも話したのですが、今のような危機にやった政策はすぐに称賛や批判を受けるわけではなく、20年、30年後に歴史の審判が下るのだと。ポスト麻生とか、野心を持っているとか、そういうことで事に臨んではいない。その点はぜひ理解していただきたいと思っています」
(聞き手は編集委員 清水真人)
日経ヴェリタス:2009年3月22日号
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