^

与謝野馨 記事・論文・講演




与謝野馨の横顔
 ・経歴

政策集

私の通ってきた道

与謝野家の人々

・記事・論文・講演

東京一区紹介

お問合せ

English

トップページ
 
 
トップページ > 記事・論文・講演 > 晶子と短歌と政治

晶子と短歌と政治

今こそいてほしかったエネルギッシュなワーキングマザー―――。「与謝野晶子」(中央公論新社)を今年2月に上梓した歌人、松村由利子さん(48)はその人間像を浮かび上がらせた。晶子の孫にあたる与謝野馨財務・金融・経済財政担当相と松村さんが「晶子と短歌と政治」について語り合った。

晶子(1878〜1942年)は歌集「みだれ髪」(1901年)や「君死にたまふことなかれ」がつとに知られる歌人だ。だが、その活躍ぶりは短歌にとどまらない。歌集(合著を含む)24冊のほか評論集15冊、詩や童謡は600編を残したという。「働く女性の先輩として尊敬していた」という松村さんは5年越しで、「主だった資料にはできるだけ目を通し」、晶子という人物を描いた。

晶子は科学への関心が高く、13人の子どもを産む間、日本で初めて麻酔分娩にチャレンジ。男女の協力する子育てを主張し、「寧ろ父性を保護せよ」と提言したことは、男性と女性が分担することで、共に豊かな暮らしが営めるという、最近のワーク・ライフ・バランスそのものである。

「晶子と大臣は、自然科学への関心や因習にとらわれず合理的に考える点などが似ている」と松村さんは言う。

与謝野さん自身、36年前に私家版「みだれ髪」(主婦の友社)で晶子と夫、鉄幹などの作品を編んだ。松村さんの著書については「通読して全体がわかる本はたぶん、初めて」と評価。「(晶子と鉄幹は)たぶん、おれが師匠でお前が弟子ということで結婚したんです。ところが、芸術は努力だけでは花開かないんで、天賦の才は明らかに晶子に備わっていたに違いない。きっと、鉄幹はぐれていたと思うんですよ」と晶子の才能を認めた。鉄幹が1915年の総選挙に立候補(落選)した時に支えたのも晶子だ。

松村さんは「むつまじい、いい夫婦だったのではないか。書簡からは互いのこまやかな心遣いを感じる」という。鉄幹は子どもたちを風呂に入れるなど、家庭ではよき父親でもあった。そんな暮らしの積み重ねこそが、晶子の「論」を現代にも通じるものに深めたのだろうか。

与謝野さんは「(晶子の)『優勝者となれ』(1934年)という評論集に、近ごろの政治家はゴルフ、謡曲にうつつを抜かし、というくだりがあるんです。しっかりしてくれなきゃ困ると」と言及。麻生太郎首相が夜な夜なホテルのバーに通ったことが話題になったのは半年前。晶子が存命だったら、なんと言ったか。

こんな話も出た。「♪妻をめとらば才たけて」で始まる鉄幹の「人を恋ふる歌」(1897年)だが、与謝野さんは「晶子はこの歌が大嫌いで吟唱は禁止だった」と明かしたのだ。「人口に膾炙していて非常に不本意だったらしい」

ところで、与謝野さんは歌を詠まないのか。「芸術的才能は一代限りだと私は思う。私にその才能はない」としつつも、切り出した。

「鳩山邦夫さんのことを歌にしようと閣議の時、一生懸命考えてたんですよ。はとやまを逆にして『山鳩の』と。くにおのところは『故郷を』とすれば、くにおとも読める。それに『かんぽの宿の窓に立つ』とかいいでしょ。パーツ作ってるんだよ、今」

晶子も1909年、当時の文相と、陸軍大将で首相を兼務していた桂太郎を堂々とからかっている。

をみな(女)にて歌よむ我
をかの大臣その将軍も知ら
ずやあるらむ

「邦夫さんとは仲がいいですよ。兄の鳩山由紀夫さんは、恐ろしいほど頭のいいはずなのに、小沢一郎さんの言う通りに動いてしまった。批判精神がないと、真実に迫れないと思うんだけど」

小沢代表の辞任も加わり、政局は一段と生々しくなっている。松村さんが問いかけた。「晶子さんの提言は100年前とは思えないことが多いが、大臣が100年後に残そうとしていることは何でしょう」。しばらく沈黙した与謝野さんは「政治の世界は芸術とは関係ない世界なんですね」と言い出した。その話ではない。国のあり方とか、100年後の日本がどうあってほしいと思っているのか。それがあるから、消費税率の引き上げを目指す財政再建論者ではなかったのか?

「人間の普通の営みをどうやって守るか。資本主義やっていると強い人と弱い人に分かれて社会がもたないから、分配の面で公平感を持てるようにどうするか。格差感のない社会では、文化や芸術が自然に花開く。そういう社会を作るっていうのが一番大事なことなんですよ」

そして、いい仕事をしたいという思いを、晶子の歌に重ねた。

劫初より作りいとなむ殿堂
にわれも黄金の釘一つ打つ

昔からある世界に、価値あるものを残したいという気持ちが詠まれている。

さて、国会では14兆円の補正予算案をめぐり、論戦が続いている。「予算案が通ったら、総額15兆のお金がどんどん使われて、世界が違ってきますよ」財政規律を重視する立場だが、赤字国債の増発を容認、今回は持論を一時棚上げする意向を示している。合理的にふるまう晶子がふと、オーバーラップした。一方で、「ばらまき」「霞ヶ関バブル」という声も聞かれる。

「ばらまきって言葉の語源は種なんだよ。大きな種を点でまくのが点まき、筋にならべるのが筋まき、それからミレーの『種を蒔く人』の絵にあるのがばらまき。今回は点まきです。ピンポイントでバーンと」。どんと使って残るのは借金だけでは困る。だが、大きな花を咲かせる自信は満々のようだ。

さて、初当選(76年)の際、伯父に「おやじ(鉄幹)以来の与謝野家の悲願をかなえた」と握手を求められたという与謝野さん。昨秋の自民総裁選では2位につけ、「ポスト麻生」の呼び声も高い。チャレンジャーの晶子の血は引き継がれているのだ。

「チャレンジはないです。政治家として閣僚を歴任しているのは、自分にはできすぎです」と、自称する。“政策作りの職人”に徹する構えを崩さない。晶子にならい「今は、ダビンチコードみたいに暗号の入った歌を作っている最中です」と言う。できあがった歌を、暗号を解きながら、じっくり読ませていただこう。

毎日新聞(夕刊):2009年5月12日(火)
トップページ > 記事・論文・講演 > 晶子と短歌と政治
  (C) 2003-2005 Yosano Kaoru Office All rights reserved.