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> 読破し忘却した二百冊の岩波文庫
――与謝野さんは帰国子女の第一世代らしいですね。
昭和27年、麻布中学の2年でしたね。日本の外交がようやく復活して、父がエジプトに赴任して…。だから中3から高3まで4年間、全く日本の教育を受けてないんですよ。日本に帰って、高3だけもう1年やったんです。そのクラスにいたのが、代議士の平沼赳夫、それから文化庁長官だった吉田茂。これが一番勉強できてクラスの総代だった。
――吉田さんは文部省に?
私が文部大臣になったとき、彼は官房長をやっていて、間もなく定期異動になったんですね。橋本龍太郎さんが悪い冗談を考えついて「与謝野というのはひどい男だ。大臣になったら自分よりできるやつが官房長にいるもんだから、まずいと思って左遷した」と言って回った。信じた人もいるらしい。
――橋本さんも麻布でした。
ともかく4年間のブランクで古文とか漢文とかちょっと苦手でね。それから漢字を書くことがね、今はワープロが発達して、カナで書いておくとすぐ漢字になるからありがたいなと思っているんだけれども。
――時代が追いついてきた。
「徒然草」なんて読んでもわからないわけですよ。「枕草子」だとか「源氏物語」だとか困ってね。
――受験で困りますね、とりあえず。
高校3年を1年間、さらに予備校に1年間行ったんです。
――じゃ、その辺は集中的に。
そりゃもう、猛烈に勉強して。ところがそうやって入った東大の駒場(教養学部)というのは、およそおもしろくない。僕は学校に行くのをやめたんです。それで、親からもらったお金で、岩波文庫を200冊買ったんです。
――そりゃまた、どういう・・・・・・。
明治以降の文学だけ、枕もとに200冊積んどいて、ひたすら朝から、その本を味わうというよりは、自分に労働を課すように、とにかく全部読むというのをやっていたんです。
――受験勉強の延長みたい。
何かひどく自分は国語の世界はおくれているんじゃないかと思って。今、その200冊の本が一体何だと聞かれても、あまりいっぱい読んだので印象に残ってないのね。
――日本文学というと、緑の帯がついて、星が2つとか3つとか。
200冊買っても、おそらく1万5千円かそこらじゃないかと思うんですね。200冊読み終えたところで、これはちょっと退廃的な生活だと思って。親が海外にいっている子供のための外務省の寮で、とにかく朝から寝転がって本を読んでいるだけですからね。
――で、学業を再開して?
いや、野球部に入ってマネージャーをやって、あとは文京区東片町にある一誠寮という南京虫がでるところに3年ちょっと暮らしていました。朝日新聞ですと、経済部長をやった権藤と一緒の部屋に住んでいた。卒業してからよっぽど勉強したに違いないと思いましたよ。だって野球をやっちゃ食って寝て、それだけですからね。
――200冊は何か覚えてません?
たった一つ「カインの末裔」、有島武郎でしょう。あれだけはきのうようやく思い出した。7、8年前にジェフリー・アーチャ−にえらい凝って「カイン・アンド・アベル」を読んだんですね。このカインとアベル、旧約聖書の解説書を読んでいたら、この世が始まって最初に出てくる兄弟の名前なのね。ようやく有島の「カインの末裔」の意味がわかった。大学時代に読んだ本で、その後の自分の物の考え方に影響を残したのは、団藤重光の「刑法綱要 総論」、何回も読んだ。
――それはまた、何で。
刑法って物の考え方が非常にきれいなわけです、がっちりしていて。
――論理の精密な世界ですものね。
もう一冊は碧海純一の「法哲学概論」。あの本の後半部分は、記号論理学の話が書いてあるんです。
――しかし、200冊もきれいさっぱり忘れたもんですね。普通は、漱石の何とかだとか、多少はいろいろ・・・・・・。
漱石の本、私は一冊も読んだことない。ところが早稲田の文学部の女房と結婚して、女房の卒論を女房の持ち物の中に見つけたわけです。何と「夏目漱石について」って書いていた。
――漱石を読んでないなんて、奥さんに疎んぜられるでしょう。
結婚したとき持って来たのは碁の本ばかりだったって。私には全く文学の才能がないと思っているんですよ。
――確かに刑法と記号論理だと、情緒纏綿たる文学の世界とは違うな。
私は後輩の議員達には、憲法と刑法と刑事訴訟法、この3つだけ読みなさいと。中曽根康弘さんに「国会議員の仕事って、一体、何ですか」と聞いたことがあるんです。あの人は「憲法に従って国を運営することだ」と、非常に明快な言葉でね。なぜ刑法、刑事訴訟法かといえば、人権という考え方が非常によくわかる。国家の権力と一人一人の国民の関係というものも刑事訴訟法にはよく書いてある。
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