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発言席 自民党は原点に立ち返れ

自民党の現状は極めて深刻だ。10年前と比べその支持率は劇的に低下している。地方でも見られる現象だが、特に都市部では顕著になっている。 振り返ってみると、1980年代は、自民党は実に明快な立場をとることができた。当時は世界的にも、資本主義諸国と社会主義の国々との対立が明確で、選挙戦となれば自民党は自由経済や自由経済を標榜して、それを対立軸に挑むことが出来た。自民党のレーゾンデーテル(存在意義)もそこに求められていた。

前週のこの欄で書かれていた小沢一郎氏(自由党党首)は、90年総選挙時は自民党幹事長だった。その時小沢氏が常に争点に掲げたのは、体制の選択であった。当時の与野党間の対立軸が選挙戦での最大の論点であった。ところが、相前後してベルリンの壁が崩壊し、ソ連が解体。それまでの対立軸の存在が、極めてあいまいになった。

民主党をはじめとする野党サイドも自民党と区別する何らかの対立軸探しに躍起となってきた。だが、結局それが見つからないまま、今日に至っていると思う。

体制選択の問題とは別に、かつての自民党には誇るべき大きな二つの特質があったと考えている。

一つは国民政党という言葉で言い表すことが適当だ。自民党は、常に幅広い国民を対象にした政治を進めてきた。当時の最大野党だった日本社会党派全面的に労働組合に依存していた。そのため、あらゆるレベルでの政治行動には自ずから枠がはめられ、それが万年野党に甘んじる最大の要因となったと私は確信している。対照的に自民党には枠はなく、国民全体を視野に入れた政治を志向でき、長期政権を維持できた。

もう一つは責任政党であることを自民党は十分に自覚していた点だ。常に理想は語りながらも、反面、現実的にかつプラグマティックに物事を処理してきたと思う。もちろん幅広い国民を対象にしており、時には人気取りが先行する政策を打ち出したことも無いとはいえない。しかし、大筋では日本の将来に責任を持つという信念を根本では堅持し、柔軟に政策選択を行ってきたと自負している。

その典型は、古くは岸信介政権下の日米安保条約の改定であり、最近では竹下登政権での消費税の導入だろう。将来に備え、当面の痛みやつらさに耐えるよう国民に訴える正直さがあった。決してポピュリズム(大衆迎合主義)に陥らない誇りを自民党は持っていた。

しかし最近はどうだろうか。「バラマキ」と批判される政策が目立ち、ポピュリズムに傾きがちだ。日本国民は実に賢明で、政策判断のレベルも極めて高い。イデオロギーでは区別がつかなくなった政党間で、自民党が再び評価されるとしたら、国民政党、責任政党としてのしての原点に立ち返るしかないと断言できよう。

たとえば経済運営でも、財政出動を通じて有効需要を創出していくという従来の方策は限界に来ているはずだ。社会保障における受益と負担とのアンバランスの是非も、避けて通れないし、財政構造自体を改革していかなければ、悲劇的な結末が待っている。国民は生活実感からその実態をすでに知っていることを、政策を遂行する側の自民党は忘れてはならない。

政治改革と称して導入した衆院小選挙区制の下では、いかなる政党もポピュリズムへの誘惑に一段とかられる。だが、それをうち払い、誇るべき歴史を自民党はもう一度思い起こすべきだ。その時こそ、国民の評価を再び勝ち取ることが可能となるのだ。党勢回復を実現するには奇策は決してあり得ないと、確信している。

 
毎日新聞 2001年1月15日朝刊
与謝野馨

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