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記事・論文・講演 > 月間自由民主(新年号)

六月行われた衆議院議員選挙の結果は東京の自民党にとっては大変厳しいものとなりました。私をはじめ東京の中心で地域社会での活動やあるいは党中央で熱心に政策活動に取り組んできた多くの同志を失ったわけです。
またその後、自民党の支持率あるいは内閣の支持率を見ても私たちが信じられないような結果が出ています。最も最近の首都圏だけの世論調査では内閣不支持率は九〇パーセントを超え、自由民主党の支持率は民主党に逆転されているという一部の報道機関の結果もあります。
中曽根内閣時代までは、内閣の支持率がどうであれ自民党の支持率が五〇パーセント前後をいつも維持してきたことを考えると、驚くべき程自民党の党勢は退潮してしまったのであります。おそらくこれは首都圏のみならず、地方に広がっていくことを恐れています。
私は二十一世紀もまた自由民主党が政権を担うだけの力を発揮し、国民に対してどうその責任を果たしていくかということを落選以来考えていました。その一端をご紹介申し上げたいと思います。
自民党にとって決定的な対立軸を野党との間に見つけられるのかといえば、それは大変難しいと考えています。ベルリンの壁崩壊あるいは旧ソ連の解体以前は、対立軸は資本主義自由主義を選ぶか、非民主的な社会主義を選ぶかという、明瞭で簡潔な対立軸があったように思います。国内の経済政策に目を転ずれば、自民党は経済の大きさを拡大することによって分配する富自体を大きくしようとする政策を取ってきましたし、日本社会党を中心とした野党は分配そのものにこだわり続けたというのが、その当時の対立軸であったと思います。民主党自体が自民党の対立軸ということを随分議論しながら、結局はイデオロギー的に有効な対立軸を生み出せないまま今日に至っているということは我々よく知っておかなければならないことだと思っています。対立軸によって、党の優劣は決まらない時代に入ったのだと思います。
このような時代、自民党の特徴はどうあるべきか、あるいは自民党と例えば野党との違いをいったい我々はどう認識し、どうこれを作り出していくのか、ということを考えていかなければなりません。私は自民党の歴史に学び、戦後の自民党の政策決定などにも学びながら、自分なりの所見を申し上げたいと思います。
我々が当選回数が低い時代には、自民党の選挙をやる時のスローガンは『唯一の国民政党・唯一の責任政党』と謳っていました。私はあの時代を大変懐かしく思うとともに未だにこのスローガンこそが自民党の原点でなければならないと思っています。
我々がその当時言ってた国民政党という意味には二つの意味があったと思っています。一つは、特定のイデオロギーにとらわれるのではなくて自由主義と民主主義に基づいて政策的には国民全体のことを考えていくという姿勢です。
また、国民政党とは、特定の団体やグループの声によく耳を傾けるにしても結論は常に国民全体が理解しうる結論に到達しようと努力してきたことです。
自由民主党は社会主義政党かと言われるほど、税制では公平な税制を目指してきましたし、福祉等をとっても極めて平等かつ立場の弱い方に配慮した福祉政策をとってきていました。やはり我々はもう一度、あの当時我々が主張していた国民政党という立場を明確に国民の前に示さなければならない時期にきていると思っています。
もう一方、責任政党であるという主張には様々なことが含まれていますが、一つは根拠のないことは主張しないという意味もありますし、非現実的な理想論のみを振り回して日本の国を運営するという立場もとっていませんでした。また多少世論の逆襲があっても、党の信念としてこれはやらなければならないということについては懸命に国民に説明をしましたし、また、国会では各党の理解を得るように努力をしながらも、最後は自民党の自からの責任で法律や条約を通してきました。一時は不評であっても、時間が経つとやっぱり自民党は国民のことを考え、日本の将来を考える政党だという評価が定着していったのだと思います。これが自民党の底力であったと考えています。
私たち自民党は安保条約を改定し、そして最近では消費税を導入し、PKO法を通し、通信傍受法を通し、いかに不人気な政策であってもそれを断行する党であるという誇るべき歴史を持っていると思います。しかしながら、この責任政党という立場に致命的な打撃を与えているのは現在の小選挙区制であると思っています。私はもともと中選挙区制の方がよりよく民意を反映すると考えていた一人ですが、小選挙区制の方が意思決定が明確だという議論が一方にあってその当時嵐のような世論の中で小選挙区制が導入されていったのです。
有権者の過半数に近い票を獲らなければならない現在の選挙システムでは、どの党といえどもポピュリズムすなわち有権者の短期的な関心を勝ち取ろうという政策をとるという傾向がどんどん強くなってきました。自民党もその例外ではなく、長期的にはこの方向が正しいと思いながらも、やはり受けの良い政策の方に流されてしまうという傾向がどんどん強くなっていきました。やはりそれでも我々自由民主党こそが、ポピュリズムに流されない唯一の責任政党であるという立場をさらに国民に理解して頂く、これがこれから大切になっていくと思います。
そもそも政治は憲法に従って国を運営する、そこが基本だと思っています。しかしながら、国が治まっているという状況を作り出すというのは実は易しいようで大変難しい仕事なわけです。世界中の国を見れば治まっていない国の例を数々見ることができます。政治の第一の仕事は、やはり国を治まった状態にするということにあると思っています。
一方では、我が国の国民の生活がある一定水準のレベルであることを維持することも政治の目的です。そして、そのように豊かさを維持することによって国民が充実した家庭生活やまた社会として文化が花開くことになると思っています。ですから、一言で言えば政治の目的は国を治まっている状態にすることにあります。それは国会でもの決めるという手続きの問題もありますし、政策の内容にもよると思っています。また一方では、せっかく到達した豊かな日本の社会を維持するということもまた政治の大事な責任であると思っています。
私は、それぞれの政治家、自民党は現在の政治、既存政党に対する国民の不満に深刻な危機感を持つべきだと思っています。国民の不満の根元は政治における「きちんとしている」という感覚の欠如だと思います。
自民党の行なってきた政治は大きくは間違っていないと確信はしておりますし、経済政策、外交政策、社会政策とも後世からそれなりの評価を戴けるものと思っています。
しかしながら最近は、やはり「自民党はきちんとしている」という評価が段々低下してきていると思いますし、また謙虚に丁寧に政策を説明する努力これを怠っているのではないかという不満が自民党の支持者自体からもあります。
政治には、国民の代表として本来高い使命感と決断力と、そして何事もきちんとしている、それが求められていると思います。国の基本方向について、まじめな議論をオープンに戦わせ、出来上がった政策を懇切丁寧に有権者に説明する、そういう政治集団として自民党は蘇らなければならないと思っています。
ここでドイツのシュミット元首相の言葉を引用してみます。ドイツのシュミット首相は「日本が最も切実に必要としているのは、いろんな経済政策よりも、国民の政府に対する信頼の回復である。それには政治的リーダーシップと権威が必要である。日本はエコノミストを必要としているのではなく、むしろ政治的リーダーシップを必要としている」と述べています。
昨年の総選挙は自民党にとって敗北以外の何物でもないと思いますが、ただ有権者は与党に安定多数を下さり、政治のリーダーシップの発揮のチャンスを与えてくれたわけです。最後のチャンスかもしれないとの覚悟で臨むべきだと考えています。
そこで私は、二十一世紀初頭に自民党が挑戦していかなければならない典型的な一例に触れ、物の考え方を整理していきたいと思います。
それは財政と経済の関係についてです。
財政は個人の家計も国の家計も同一の構 造で成り立っていると私は思っています。個人の家庭ではご主人が稼ぎ手で、奥さんが大蔵大臣を務める、そういうケースが多いと思っていますが、その時働く考え方は、必ず収入を予想し、その収入の範囲で支出を決めていくということです。財政の基本は「入るを計って出ずるを制す」というのが、国民の常識的な家計の運営です。
一方、国の財政は、私は破綻に近づきつつあるのではないかと思っています。個人の家計という財政と、国の財政の決定的な違いは、個人は借金しながら贅沢な生活をしていても一年もしないうちに銀行やローン会社からブレーキがかかって、それ以上そのような生活は続けられない。一方国は国であるが故にあるいは地方自治体は地方自治体であるが故に、御上であるから踏み倒すはずがないと今までは国債や地方債をどんどん国民が購入してくれました。いわんとしていることは、貸す側からのブレーキが利かないというのは、国や地方の財政の特徴的なことです。
今我々はおおざっぱに言って五十兆の税 収で八十兆の支出をしています。おおむね 三十兆円ずつ借金が積み上がってきている のです。景気を上昇させるために国が財政
出動する必要があるという時期があったこ とも否定はしませんが、このままこのよう な税財政の現状を持続できるかといえば、私 は否定的にならざるをえません。財政出動
によって景気をよくしよう、すなわち国債 を発行して資金を調達しよう、という考え 方自体が、景気を後退させるという効果を実は将来に向けて持ち始めているからです。
現在のところ市場には若干の余裕があり ますから国債や地方債の発行が可能ですが、このような財政運営を続けていくといずれ 債券市場を圧迫します。すなわち長期金利
が上昇し始めることになります。これは二 つの事をもたらします。一つは時価会計導 入とともに金融機関が持っている債券の価 格を暴落させる。一パーセント金利が上昇
すると金融機関の資産の劣化は五兆円にも 及ぶ、すなわち金融危機が再来する可能性 があります。
もう一つは、長期金利が上昇することに よって、日本の景気を支える設備投資に対 する経営者の意欲が減退することです。いつまでもケインズ流の財政政策は続けることができないと私は思っています。すなわち、政治家も国民も借金が借金を生むという瀬戸際まで日本の財政が来ているということを自覚するべきだと思っています。
国債は国民の金融資産で買ってもらって いて、海外から借金をしているわけでない から大丈夫なんだという考え方があります けれども、借金は誰から借りているにしろ
元金も返さなければなりませんし、毎年利 払いもしなければいけないということで誰 から借りていても同じ事だと思っています。
このまま進むと、唯一の解決方法はイン フレということになるかもしれません。イ ンフレは悪魔のとる政策であって、まじめ に働きまじめに貯蓄をしてきた人たちの財
産を奪ってしまうということで、政治が絶 対にとってはいけない政策の一つだと私は 思っています。
自民党は難しい問題に責任を持って取り組む政党であるということが国民に理解されて初めて、自民党の再生が図れるものと考えています。
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