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この本は私が一九七〇年の一月に読んだ本である。このことは読後感などめったに書かない私がこの本の裏表紙に書き残してあり、また一日で読了したことも記録されている。
シュテファン・ツヴァイクがこの本を完成したのは一九二九年、すなわち昭和の初期である。
フーシェの生きた時代は、フランス革命の時代と、その後に続くナポレオンの時代である。従って世界史の知識を背景にこの本を読むと、思わずその時代に引きずり込まれてしまう読物である。ロべスピエール、マラー、ダントンなど高校の歴史の教科書でおなじみの名前、またジョセフイーンなども当たり前の如く登場する。
フーシェはフランス革命の時代、南仏から議員に選ばれ議会の一員となる。革命議会の一員となってからの権力闘争のすさまじき過程を生き抜く。そしてナポレオンの施政下では警察庁長官を務める。
ツヴァイクの
「はしがき」の中の言葉を借りれば「ジョセフ・フーシェという男はその当時、もっとも権力をほしいままにした人間の一人であり、あらゆる時代を通じて、例を見ないほど風変わりな人物の一人である」。
「天性の裏切り者、いじましい策謀家、ぬらりくらりとした爬虫類的性格、職業的変節漢、下劣なデカ根性、みじめな背徳者……」。
日本人的価値観からいえば、決して上等ではない人間の伝記をツヴァイクが書いた理由も「まえがき」の中で述べられている。
「とくに強調しておかなければならないのだが、卓越した人物が、純粋な理念のもちぬしが、万事を決定することは、まずめったにないのであって、それよりはるかにねうちがなくても、もっと立ちまわりのうまい種類の人間、いいかえれば、黒幕の人物がことを決定しているのだ。……ジョセフ・フーシェのこの伝記こそ、そのような意味で政治的人間の類型学に寄与するものでありたいと願っている」。
私がこの本を選んだのは多くの方に読んで頂きたいと考えているからである。ひとつは歴史の物語としてのフランス革命であり、その中で繰り返される革命派内部の権力闘争の凄まじさである。またナポレオンの政治がいかなる構造を持っていたか、その中で警察庁長官フーシェがいかに生き延びてきたのか、ナポレオンとも、いかに闘ってきたのか。これらのことを通じて、人間学や政治学が学べると考えるからです。
もう一方で、この時代をかえりみて、日本の政治を考えてみるのも有益ではないかと思う。
道徳とか不道徳とかという観点から日本の政治を考えることも大切であるし、政治倫理という言葉も日常語として使われているのであるが、一方では、政治は結果責任であるといった途端に、道徳・不道徳とはかけ離れたところで政治の議論していることに気づくべきなのではないでしょうか。
産経新聞 「私の一冊」与謝野馨 原稿
『ジョセフ・フーシェ ある政治的人間の肖像』 【みすず書房】
シュテファン・ツヴァイク(著者)
吉田正己・小野寺和夫(訳)
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