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は語る(最新更新分) 

2014年10月27日(月)

十年程前からグローバライゼーションと言う言葉が流行りになった。

グローバライゼーションの旗印の下で、それはそれは色々の改革が行われ、「経済に国境なし」等と言う人も出て来た。経済学と言う学問も「日本の経済」と言うテーマでは本を書けない。それは、日本を取り巻く世界の状況が全く判らないからである。

世界は今、デフレの危機にさらされているという主張は満更でもない。ヨーロッパ経済で順調なのはドイツだけで、フランスを筆頭に苦しい戦いが続いている。一国の経済を守ると言う他に「ユーロ」という統一通貨も守らなければならない。欧州の主要国の悩みは我々よりも課題は大きい。

リーマンショックの頃は恐ろしい危機感であったが、新興国、特にブラジル、インド、中国の順調な有効需要に頼っていた側面もあった。現在は残念なことに、ブラジルはインフレーション、インドも一時期の期待を大きく下回り、中国の成長率も7%以下となっている。

「物の作りすぎ」の時代の今、何をなすべきか次の回に考えてみる。


2014年10月22日(水)

女性閣僚が二人辞めた。議員を務めて来た自分としては、やりきれない気持ちである。

まず、議員になることの難しさを国民に知ってほしいと思う。

今のように政治資金が法律で雁字搦めになっている中で、法律を曲げないで資金を集めることは難儀な事である。生まれつきのお金持ちや、家族から継承する地盤が有る人の事を羨ましく自分も思っていた。「政治活動の自由」と言う考え方には、政治資金もまた、国家の統制を受けないという考え方が入っている。

お二人の今後だが、これで何もかも終わったと考えるのは早計で、お二人のこれからの活躍を期待している。その為には政治家としての手厚い知識と幅広い人生経験が必要なんであって、起こってしまった事をいくら嘆いても仕方が無い。

まず、気持ちを整理して、すっきりとした心境で次の時代に進んで欲しいと思う。応援をしていた二人だけに特に残念だが、人生は「塞翁が馬」であると思ってほしい。


2014年10月21日(火)

二人の女性閣僚が辞めて、大事件の様に報ぜられている。

二人の閣僚は夫々縁があって、これから伸びて行くと期待していたのに、ちょっとした躓きで、政治生活を難しくしている。

松島みどりさんは、私が自民党東京都連の幹事長をしている時に、公募で選ばれた候補者で、当時、新しい血が自民党に入ってこなければ、かつての恐竜のように死に絶える可能性があると考えていて、文句を言う人も多かったが、説得に説得をして出馬することになった経緯を思い出す。

小渕さんはお父様の小渕元総理と長い間深い付き合いがあった。印象的なのは、私が二回目に大臣を拝命した通産大臣の時で、誰も予想しない中、小渕元総理に任命された。

病気は小渕元総理を不幸にした。そして同時期に、日本の進路にとって重大なマイナスがやってきて、小渕元総理以降、安定した上手い内閣が作れなくなっている。

お二人とも若い。チャンスはこれからいくらでもある。政策の面でも人柄の面でも、誰にも負けないで欲しい。漢詩を読んでいくと、お二人に似たケース、さすらいの上で復帰の談がずいぶん載っている。


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ロフィール 
プロフィール
  • 2013 旭日大綬章 授章
  • 2011 国務大臣
               (経済財政政策担当・少子化対策・男女共同参画担当)
               (社会保障・税一体改革担当)
  • 2010 たちあがれ日本共同代表
  • 2009 財務大臣 国務大臣(金融担当)
  • 2009 財務大臣 国務大臣(経済財政政策・金融担当)
  • 2008 国務大臣(経済財政政策担当)
  • 2008 国務大臣(経済財政政策・規制改革担当)
  • 2007 内閣官房長官
  • 2005 国務大臣(経済財政政策・金融担当)
  • 2004 自由民主党政務調査会長
  • 1998 通商産業大臣
  • 1996 内閣官房副長官
  • 1994 文部大臣
  • 1993 衆議院議院運営委員長
  • 1984 通商産業政務次官
  • 1976 衆議院に初当選
  • 1963 東大法卒 サラリーマンを経て
  • 1938 8月22日生まれ。港区立麻布小、麻布中・高卒

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