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経歴

2015年11月5日

私の歩んで来た道(4)

私達が疎開していたところは「千ヶ滝」。ここには名前通りに滝があり「千ヶ滝」と呼ばれています。
小学校に上がる前、誰か大人に連れられて滝を見に行きました。今と違って道路も整備されていませんから、歩くことはなんでもなかったのですが、滝に近ついた頃に橋がありました。
川を渡る橋ですが、丸太を渡しただけで、その上を歩くことはとても怖かったことを覚えています。滝は見える前にごうごうと音をたてていて、近づくと音を段々と大きくなる。目前に滝が現れた時、大きい水の流れにびっくりもしましたし、すごく印象的だったのです。
今から30年程前、子供を連れて千ヶ滝を見に行くことにしました。自動車で近くまで行けるし、丸木橋というようなものはなく、滝に近づくことができました。
滝は子供の頃もった印象の通り立派な滝でした。
千ヶ滝近辺の昆虫等は色々なものがありましたが、赤トンボはたくさん飛んでいました。高級な「ヤンマ」(当時もそう呼んでいました)は中々見つけることは出来なかったのです。赤トンボはとまると最初は羽を水平にしていますが、段々と羽を垂直に一枚に合わせるのでした。私はトンボの目の前に行って、指を大きくぐるぐる回す。トンボが目まいをおこした頃を見計ってぱっと捕まえる私の得意技でした。とても「蛾」が多い地域ですが、今は「誘蛾灯」の影響で「蛾」が減り、これを食糧にしていた鳥も激減しているようです。
足の長いクモがいました。曲がった自分の足を口で直すことのできる頭のいいクモです。
蜂はミツバチ、この巣を子供達が見つけ、それを落として、蜂を追払い、中の黄色の蜂の子を近所の子供達はおいしいといって食べていました。
キツツキ・フクロウ等は実際見たことがあり、リスは野生のリスが走り回っていました。
この地域は冬は寒いのですが、雪はあまり降りません。一度積もった時、家の前の坂道はゲレンデになり、子供達は手製のそりで楽しそうに滑っていました。
竹に熱を加えて「そり」の足にする。皆が滑るのをうらやましくながめていました。
浅間山はよく噴火しました。大きな音とともにキノコ雲が立ち上がり、やがて砂が降ってくるという経験を何度もしました。この地層は軽石を多く含んでおり、昔は大きな噴火を繰り返していたのだと思います。

小学校にあがるまでは、豊な自然と接しながら生きていたことは私にとって、かけがえのない財産となりました。馬が荷車をひき、牛がスキを引いていた時代、動物・人間の排泄物が肥料として使われていた時代、バスは木炭で走っていた時代。
今の人達からは想像のできない世界であったと思います。

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